日々是平安
自分の肉体的精神的脆弱さについてはもううんざりするほど思い知っているつもりなのだが、これから先の人生でもいちいち思い知らなくてはいけないのだろうな、と思いながら芝居を見る。妹背山婦女庭訓の吉野川、あるいは山の段といわれるところ。玉三郎初役の定高、吉右衛門の大判事、福助の雛鳥、梅玉の久我之助。我が子を殺す話であり悲劇である。玉三郎と吉右衛門が素晴らしく、胸にせまるものがある。
http://www.kabuki-za.co.jp/info/kougyou/0201/1kg_1.html
http://homepage1.nifty.com/tamotu/2002.1-1.htm
夕刻は某新聞社の方と某編集長と会食。初対面の新聞社の方、正義漢であり熱い心を笑顔で包んだ快男児とも言うべき方であった。二十年近く前の某強面関係への取材と忌憚のない記事掲載とその後の顛末など伺ってなるほどなあと思う。大きな組織にいるとバカになると書いたがもちろんできる人はいる。
新聞社氏と別れ某編集長、某制作会社N氏と謀議。今年はとんでもない年になるだろう。そういうときこそ、ぼくらのようなろくでなしにはしどころとなる。
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