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2002年2月

2002年2月28日 (木)

国家崩壊のときを控えて


http://www.zorro-me.com/2002-2/020223.htm
宮崎氏が書いている。
「参考になるといえば、田舎でタクシーの運転手やってたんが中国に行って地元の著名人になってモテておるそうだ。一方で蛇頭が年間1万人以上の中国人をを「日本人化」してる反面、こういうわけのわからん人物が中国へいっとるのはおもろいやんけ。なに、その昔「支那にや4億の民が待つ」とかいうてわが国の食い詰め浪人が大挙していったんやから、歴史の流れから見たら目くじらたてるようなもんちゃうお互い様、というところだろうし、また有象無象が交流してこそ文化交流やがな。あはは。どうせ国を捨てるなら個性的にやれや。うまいこといったら「逆蛇頭」とかもありうるかもしれん。あはは。」

愛国を叫ぶニューヨークはおもちゃの町のようだ。ただしそこに住んでいる大人たちはそんなことにはとうに気が付いていて、しらけながら日々と格闘している。
したたかな華僑や、ある種のユダヤ人たちは、ナショナリズムなど鼻で笑い飛ばすのだろう。世界政府などを夢想しているグローバリストのことも心の底から軽蔑しているに違いない。いや、利用できる美味しい愚か者として愛玩しているのかもしれないか。

「三国人」を怯えている暇があったら自分たちの現実を手に取れる確実さで掬い取る努力をするべきだ。
日本の崩壊が決定的な日本文化の崩壊を呼ばないように、というアクロバットをぼくたちはこれからしなくてはいかないのだ。

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2002年2月27日 (水)

グランド・ゼロ


ニューヨークにはあまり縁がなくて今まで5回くらいそれもそれぞれ極めて短期間しか来たことがない。今回も二泊という駆け足だ。
ただ、WTCを含めた最近のマンハッタン摩天楼の風景は写真や映画などでおなじみだったので、それがない、という姿には昨年十月にちょっと寄ったときにもちょっとした衝撃は受けたように思う。

昨日はグラウンド・ゼロのヴューポイントに行ってきた。もうひところ伝えられた大行列ではなくなり、6ブロック先にある場所で整理券さえ手に入れればそれほど並ばずにその板で作った場所に入れる。ただし3分間だった。妙に正確に3分だった。

それからブルックリン橋をわたってマンハッタン島を見る観光名所に行った。
WTCがない摩天楼、雲と太陽と鳥たち、時々去来する飛行機やヘリコプター。

ぼくは東京生まれで、都会でしか生きられない軟弱な人間だ。東京が大好きだが東京は次第に壊れつつある。それでも好きだが。縁がなかったとはいえニューヨークは楽しい街だと思う。大好きといえるほどは知らない。ナイロビはこの間はじめて行って、一人歩きもしていないのでよくわからない。

ただパリもロンドンも、シンガポールもソウルも、都会というのはそれだけで壊れているのかもしれないとも思う。いや人の共同体というのは多かれ少なかれ狂気を孕んだものだと思う。だから面白く、危険で、やりきれなく、戦いに満ち溢れ、ときに慈愛にも溢れ返るのだろうと思う。

WTCの事件はあらゆるミッションのある種の結末だ、と言ったらキリスト教世界は激怒するだろう。
でもぼくにはそうとしか思えない。

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2002年2月26日 (火)

砕け散りながら滅びようとする国


ソルトレークシティのオリンピックが終わった。ろくでもないことがたくさんあった大会だった。ろくでもない中で物議をかもしまくったスケートのショートトラックだが、ぼくは実は大好きだ。というかあれはほとんど競輪である。
オーストラリアのブラッドバリー選手の金メダルも面白かった。ああいう選手が選手が金を取るというのはいいことだと思う。テリー伊藤さんがつぶやいていたが、明るく笑って青春を楽しみセックスもしているようなちゃんとした大人が活躍するようなものじゃなくてなにがスポーツか、と。プロはいささか話が違ってくると思うが、アマチュアリズムとは本来そういうものだとぼくも思う。アポロ・オーノのダーティさとお茶目さも楽しかった。審判のレベルは高いほうがいいのはもちろんだが、どんなに高くなっても誤審ということはありえる。誤審に関するシステムがきちんとしているべきだとは思うがどうしたってなくならないものだ、ということは忘れてはならない。

今回は米国がとにかく世界に恥をさらした、ということだけだろう、問題は。恥はこの間ずっとさらしつづけている。そしてそうした本当の意味での国辱的な行為は、戦時下の国ではすべて美化されるものだ、グロテスクに。その昔の日本ことも少し調べてみるときっと同じ姿がある。あるいはヒトラーの帝国とか。

現体制の日本は滅びるだろう。だがわが国は幸か不幸か覇権国家ではない。砕け散るまでに崩壊せずともすむ方法は必ずあるはずだ。

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2002年2月25日 (月)

人間とはどういう動物か。


エチオピアのある部族には「ありがとう」という言葉がない、という。
関野吉晴氏が語ってくれた。その部族では、助け合うときには常にネットワークで助け合い、誰かが一方的に施し助け守るというのではなく、ネットワークでできることをそれぞれがやりながら、生きているのだという。
彼らの間には財産などほとんどない。ものを溜め込むという発想がないのだ。もちろん、溜め込みたくても溜め込めない貧しさ、もそこにはあるのだろう。
彼らが乱暴を働くのは飢えてつらいときに争うということではなく、むしろおなか一杯の状態のとき力有り余って狼藉するのだという。

もちろん、それが人間という動物のネイチャーであるのかどうかはわからない。
ただ、えらく示唆には富む話だ。

関野氏の「グレートジャーニー」完結編は3月15日にフジテレビで放映される。
関野さんゲストの「ザ・ロングインタビュー」は3月17日にBSフジで放映される。

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2002年2月24日 (日)

世の中には不幸だと思わずに不幸な道を


進む人がいるというようなことを、夏目漱石が「文鳥」なんかに書いていますね。

自分がいまどこにいるのか、を自分も知りたい。
でもたとえば自分の周りにいる人たちとも共有したい、でしょう。

文化を共有したい、でしょう。できれば、嬉しい。

でも人は狂っていく。おかしくなっていく。
なぜおかしくなるのだろう。

淋しいからだろうか。
淋しくさせているのは、誰だろう。

人の声を遮断しているのは、誰だろう。

字を読めなくしているのは、誰だろう。

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2002年2月23日 (土)

たまにはレゲエを。


I want to give you some good good loving
と、ボブ・マーリーが歌っている。

I want to give you some love
I want to give you some good good loving
Oh I oh I oh I
I want to give you some good good loving
Turn your lights down low
Never try to resist oh no
Oh let my love come tumbling in
Into our life again

Saying oh I love you
And I want you to know right now
Oh I love you
And I want you to know right now
Cause I that I

それから、
Mingle with the good people we meet
Good friends we have Oh good friends we have lost
Along the way
In this great future
You can't forget your past
So dry your tears I seh

なんていうことも歌っている。

プロバガンダががなりたてる台詞とは違うことで耳や目を洗わないと、
体の調子が悪くなってしまう。
世界はどう動いているのかを感じ取れるアンテナを磨いておかないと。

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2002年2月22日 (金)

日本のマスコミに問題があるとある人々と話す。


マスコミ全部、というか罪深いのはやはり新聞だな。
個性がない。自分で取材していない。現場に来ない。来てもちゃんと話を聞かない。同じ話ばかり書く。同じ視点でばかり書く。新しい目線がない。予定調和。つまらない。卑怯。

日本人ってダメ?ダメかも。
経済がどうの役所がどうの、マスコミがどうの普通の人がどうの。

でもすごく面白い日本人はいっぱいいる。すごく楽しい日本人はいっぱいいる。
有名無名を問わず。

そしてそういう人の魅力をマスコミは描きたがらない。
昔ながらの小さな枠に押し込めたがる。
つまらない世界にまとめたがる。
そうでないと大衆は読まない見ないという。

そんなの全部ウソ。
そうじゃないと自分が理解できないから。
自分が我慢できないから。
自分が悔しくて死にそうだから。

さて時代は変わるのか?

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2002年2月21日 (木)

手先稼業は身体に悪い。


別に誰のことをどうというわけではないが最近の感想。

自分のことを自分の責任で考え処理してする発言は命取りになることは多々あるけれど、すっきりさわやか楽に生き死にが決まる。
しかしながら手先稼業は身体に悪い。いろいろと相手先の事情を斟酌し発言内容に手を加えいじりまくるうちに考えても見なかった薄汚い言葉を紡ぎ出してしまう。
文章がうまくて力があればあるほど、そのひねりだした自分の発言が荊の冠のように己を責めることとなる。

アクロバットのように論理を飛躍させ、手先の道を邁進する。
そうしないと自分のいのちが危うい、自分の出世立身が危ない。そう思い込んでいることの愚かさにうすうす気が付いていたりするとますます困る。

気鬱でいることはない。手先は一刻もはやくやめたほうが身のため邦家のためである。

手先にもいろいろあるが。某国の手先某企業の手先某勢力の手先その他もろもろ。

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手先の鑑


ネヴァダちゃんが引用した榊原氏の発言。

「榊原英資慶大教授(元財務省財務官)は21日午後、都内の日本外国特派員協会で講演し、
小泉純一郎首相の構造改革政策を批判した。

日本に必要な政策は規制緩和や与党による法案事前審査に伴う硬直性の是正を挙げて「需要政策でデフレを止めるのは難しい」と話した。

また終了後、記者団に対し為替相場の動向について「1ドル=150―160円までいくかもしれない」と予測した。

「トレンドは円安」とも話し、円安基調は今後も続くとの見通しも示した。

また現在の為替相場の水準が経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)を反映しているか問われると、言及を避けた。

日銀に対し、政府は一段の緩和を求めているが、榊原氏は「金融緩和は(経済の活性化に)効かない。

問題はストラクチャーなんだから、理論的に効くのは円安だ」と否定的な見解を示し、まず取り組むべき事柄として政官財が硬直的に結びついた日本社会の構造改革の必要性を訴えた。

今年の経済成長率は「マイナス2―マイナス3%だろう」と楽観できないことも改めて示した。」

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2002年2月20日 (水)

そんなものを愛しているのか?求めているのか?


そこにあるのか?

美味しいお菓子がどこかにおいてある世界なんて、そこにあるのか?

世界にはミッションというようなものが満ち溢れている。
熱い地の果てには人が住みやすい日陰が作られている。
おいおい余計なお世話だよ。
ぼくはそう思う。

キリストは正しい、と信じる前に、そこには安楽な場所がある。それでいいのか?

世界にはあなた方の考える自由平等博愛が、本気で必要なのか?いい気持ちを手に入れる前に、考えてみるべきじゃないのか?

考えてみるべきだ。
立ち止まってみるべきだ。

否定してみるべきだ。
あなたのキリスト教を。
あなたの夢と愛情を。
あなたの未来と安寧を。
ぼくはだらしないけれど、とりあえず対話してみる。
対話している。

毎日。

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2002年2月19日 (火)

ぼくたちの生きているこの世界


今日は元テニスプレーヤーの方に会いに行った。
さわやかな笑顔に強い意志。いい感じである。
彼女は世界をツアーして、日本のダメさをさまざま感じたらしいことは、そのインタビューや取材記事で読んでいた。世界のなかでいま日本がどのへんにいるのか。それは世界を旅していればよくわかる。

そうだ、世界のことを知るのに、海外旅行をすることはもしかしたらできないのかもしれない。ロバは旅をしても馬にはなれない。でも日本のことを知るには、海外に出てみることは非常に有効だ。

そしてその上で、もう一度世界を眺めてみるのだ。

ブッシュの国会での演説をどう聞いたのか。
元テニスプレイヤーの彼女がそういうことに興味があるのかどうかは、今日の打ち合わせのテーマではなかったのでわからないが、感想を知りたいものだ。

彼女はその明らかな肉体的意志をもって生きてきた。存在してきた。
当たり前のことのようだがそのことを実感できない人間がどれだけ存在しているか、この日本に。想像してみる。

世界とはぼくたちがいまこうして生きている世界のことであり、日本と世界という対立項で考えていたらわからない。
この世界は自分たちの世界だ。
ぼくたちはあいまいな亡霊などではなく、肉体を持った存在で、そのぼくたちがこの世界を形作っているのだ。

忘れてはいけない、だまされてはいけない。

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2002年2月18日 (月)

さて新しい世界はどういうふうになるのか。


日本は終わるかもしれないけれど、世界は相変わらず続いていく。
そして日本が何を言おうがアメリカがないを言おうが、たとえばマサイやトゥルカナ諸族は、それぞれで生きていく。

ブッシュは今日、小泉の招きで西麻布の権八で飯を食ったらしい。
最低の店を選んだのは、なるほどなと小泉を誉めるべきか。

韓国では切実な問題を全身で感じる人々が声をあげている。
ブッシュとは何か。
みんな知っている。
アメリカだけが、知らないふりをしている。

アメリカ。
そしてぼくたちはこれからどうするのか。

世界。
そしてぼくたちはこれからどうするのか。

どう「する」のか。
誰も何かを「して」はくれない。

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2002年2月17日 (日)

そして思うのは、合衆国ももう終わりということ。


もちろんケニアも国家であっていろいろなことにかかわっている。
ODAもケニアは大舞台である。何度日本大使館の某さんをご存知ですか?彼はいい人で、みたいな話を聞いたりした。日本人からもケニア人からも聞いた。

だがケニアという国家は(アフリカの中ではかなりまともな構造をもっているにしても)かなりルーズな構成で、その意味では外務省が機能不全だとか真紀子前外相がどうの、というレベルは超えている。いろいろとうまくいっていない。ある種族の長老もいまのケニアは国ではないと嘆息する。

それがいいこと、とはいわない。それはそれとして、去年の大統領選からこっち、テロを許したこと、エンロンの問題などがブレイクしたアメリカ合衆国という国はいったいどうなのだろう。

日本が終わりだという。でも日本という文化はまだかろうじてある。そこを行き残させる、というテーマがあってぼくにとり大きな主題となるだろう。

では、アメリカ合衆国というお笑い国家が終わったとき、アメリカ文化というものは生き残るのだろうか?
言葉は英語である。
ヨーロッパと世界中のいろいろなものを混ぜ合わせたテーマパーク文化はアメリカ合衆国でこそ生まれたものではあるが、アメリカ合衆国でだけ生き残っていく固有の文化か、といえばそうではない。

アメリカが滅びるとはどういことだろう。

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2002年2月16日 (土)

日本はもうおしまいらしい。


シンガポールまで戻ってきて、いろいろと雑誌を読む時間ができた。
タイムは「Japan's SOB story」ニューズウィークは「made in China」ビジネスウィークは「China's Power shift」エコノミストは「the Sadness of Japan」というカバーストーリー。
日本にもう明るい未来はない、そこにあるのは、むなしいだけの暗黒のトンネル。

日本はもうおしまいらしい。そう誰もが言っている。言っていないのは日本人だけだ。ぼくはどう思うかといえば、やっぱりおしまいなんだろうなと思う。ことここに至っては。

だがケニアでぼくは、日本がもうおしまいだとしても、それが何だろうか、と思っていた。
マサイにはマサイの言葉と生活が残っている。おそらくは恐ろしく変貌してしまっているのだろうが、まだまだマサイのモラン(戦士)はマサイのモランだ。

日本のいまの政府などとうの昔に終わっている。
満点の星の下で、江戸末以来の歴史についてある人と語り合った。
日本の経済がおしまいだとしても、それは属国日本の経済がおしまいだということだ。

ぼくたちの新しい日本は、これから作っていくのだ。
そこに明るい未来があろうがなかろうが、それは日本人の問題である。
キリスト教徒や資本主義者に何か言われる筋合いのものではない。
そう思った。

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2002年2月15日 (金)

再掲その7


■2001/04/29 (日) アジア
ブッシュ大統領が台湾有事の際には防衛すると発言。
このこと自体はすでに『台湾関係法』でうたわれてはいるのだが、
この時期にあえて明言したのはまさに政治的。
アジアがアメリカの軍需産業の次なるターゲットとなることは
決定的なのだろうな。

日本では私が総理となったことは政権交代といっしょ、などと
言い出した小泉氏、国民的人気のある権力者は危険だなあ。
だいたい森氏がああだったからの人気だし。
森派会長として森氏を支えていたことを、派閥から抜けたことで
糊塗しようってのはあまりに安易すぎる。

もちろん具体的に必要な改革を推し進めてくれるならばその部分は
支持するが、個人情報保護法案などについての態度ははやく調べ
ないとな。

アメリカから押し付けられた憲法を変えるというのはいつかやらなくては
いけないことだとは思うけれど、そのためには戦後日本とは何だったのか
を明確に検証してからでないと当然いかんでしょう。
戦前の日本のこともね。戦前の日本を盲目的に否定したってしょうがない
ってことは明確なことだったのに、ずっとそのままにしてきたのは
まったく愚かな話だよ。
靖国の英霊に参ればなにか変わるのか?本質を知り真相を明らかにしてこそ
英霊はうかばれるのではないか。

そのためには明治維新を調べなおさないといかんのだ。
そして江戸時代を。っていうのがぼくが15年前に書いたカッパ・サイエンスの
『「東京時代」は、永遠です。』のほんとうのテーマだったんだよな。
結局そこに帰ってきたよ。

■2001/04/30 (月) 昨日の続き。
朝日新聞のサイトより。
「ブッシュ米政権が進めている核戦略の見直しで、核弾頭の大幅な削減
とともに、攻撃目標の一部をロシアから中国に移すことを検討してい
ることが明らかになった。核の削減は、ミサイル防衛網の推進と組み
合わせて進める方針で、政権は総合的な核戦略について今週から同盟
国などに説明を始める見通しだ。ブッシュ大統領は5月1日の講演で、
核戦略見直しについて触れる予定。」
http://iij.asahi.com/international/update/0429/007.html
世論は喚起され続けている、都知事と、そして新総理によって。
それは、アメリカの意志でもある。
アジアの意志はどこにあるか、をプロバガンダに惑わされずに
しっかりと把握しなくては。
それとヨーロッパの意志もね。

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2002年2月14日 (木)

再掲その6


2001/04/03 (火) 極東

アメリカが、戦略的な重要地域を極東太平洋地域に変えた。
そして、米中で早くも軍事的緊張だ。
わかりやすすぎるぞ。

ブッシュは悪魔みたいな感じじゃん、と尊敬する先輩が言った。
全くだ。

アメリカは悪魔でいてくれたほうが世界は丸く収まる、
という話もあるが。

ユーゴスラヴィアあたりはいつまでもぐすぐすと火薬が
くすぶる感じだ。
中東にも火種はつねにある。

が、いよいよ本格的に、中国、台湾、韓国、北朝鮮という残された
分断国家、そして中国と言う巨大なユーゴスラヴィアが
爆発してしまうときが来ようとしている、のかもしれない。

そしてそれに向けて用意されつつある、石原慎太郎政権への道。

シナリオはだいたいこんなところか。
ではぼくらはどうしよう。
ということで、この話は続きます。

2001/04/05 (木) Japan harming US and world economy

と、ファイナンシャルタイムズの一面でグリーンスパンが
言っている。日本悪役の世界恐慌、まったくシナリオどおりなのに、
何もできずに(いやあるいは積極的に荷担して)これを実現させて
しまう日本という国。グリーンスパンの言っていることが正論で
あるかのように世界は見る。しかし冷静に考えるべきだ。
考えるべきだし発言するべきだが、実はもう遅い。
正論は通らなくなっている。白は黒と言いくるめられてしまった。
すでに。そしてアメリカは中国ともめる、北朝鮮の問題も大きくなってくる。
アジア経済全体が沈んでいく。

2001/04/07 (土) 戦争

というのはの外交の延長、という人もいるが、やはり商売そのもの、
だというのが妥当な考え方だと思う。

さて、橋本治氏が新著「20世紀」で大略
以下のようなことを言っている。
19世紀的な戦争を起こそうと言う野蛮な考えはだいぶ後退している
のでは、と。侵略は野蛮な行為だとさすがにみんなわかっている
のでは、と。

さてどうなのか。アメリカと中国はどうなのか。
「トップガン」パイロットが行方不明となり、
スパイプレーンの乗員たちは勇敢に頑張っている。

一昔前なら楽しい戦争の始まり始まりだ。

でもここで始まらなかったとしても。

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2002年2月13日 (水)

再掲その5


2001/03/05 (月) ろくでもない

仏像破壊のタリバンである。
此れに対してギリシャが、バーミヤン遺跡などの仏像などには
古代ギリシャ、ヘレニズム文化の影響がみられるため、買い取ること
も考慮している、とか。へえ。

宗教ってのはねえ。

キリスト教とか、マルクス主義とか、オウムとか、その他いろいろな宗教と
宗教めいたもののやったことやってること。
(いっしょにするな、っていうむきは多いだろうしいっしょにするのは
もちろん無理を承知の確信犯なんだけどさ(^^;)。

タリバンの動きは当然だけどパレスティナの動きと連動しているわけで。
中東戦争、いよいよ本格的に赤信号か?というニュースもいろいろ
出てますねえ。

ろくでもないのは人間という生き物。
ラブレボリューション21でも聞こうかな。

2001/03/13 (火) 厨房は世界中に。

電波系の厨房は世界中に居る
(って、2ちゃんねる読んだりしない人にはわかりにくいか(^^;))
気の触れた幼児的な人物は世界中に居る。
えひめ丸が軍事船だ、なんていうトンデモさんがどうせいるかと
思ったら、やっぱりいたりする。
http://www.thepalmerpress.com/ussgreeneville3_EXP.html
えひめ丸の方からぶつかった、だの商用船のエンジンを積んでない
(練習船だったことを知らない、あるいは知っててミスリード)
菊の紋章がついていた(^^;)、などの理由などを。
バカか。
しかしバカでも世論に影響を与えたりすると。

これは某陰謀系の掲示板に翻訳家の佐藤雅彦氏(だんご三兄弟の人とは
別人です)が紹介して憤っていらしたもの。
佐藤氏は、「メディア仕掛けの政治」「遺伝子万能神話をぶっとばせ」
などを訳され、「現代医学の大逆説」を書かれている人です。

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2002年2月11日 (月)

再掲その4


2001/02/15 (木) しかし鳩山氏は突っ込みが下手(^^;)

白川勝彦氏が旗揚げ、来週月曜に砂防会館内で囲む会。宮崎学氏も出るそうな。
会費1万円。白川氏のページ。
http://www.liberal-shirakawa.net/
平成革命、と言ってるね。
http://www.liberal-shirakawa.net/tactics/index.html
そこより引用。
「永田町の議員の頭数にこだわったのが、加藤決起の敗因でした。私はいまの
永田町には期待もしていませんし、そこに新しい政治の可能性があるとは思っ
ていません。だから、こうして決起したのです。」

さて時局について、宮崎氏が書いている。
http://www.zorro-me.com/2001-2/010215.htm
野党は今こそ森内閣を守ろう(^^;)という正しい主張である。
このセンでいえば何の鋭さもなかった鳩山由紀夫氏の党首討論は大正解、こう
いうときにはボンボン役に立つ、という意見である(^^;)。
自民党が森内閣の次に考えているのは野中内閣小泉官房長官だ、という宮崎氏
の分析。あるいはもっと怖いのは小泉首班野中官房長官。そしてやはり待ち受
ける流れは自民敗北、石原新党。

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2002年2月10日 (日)

再掲その3


2001/01/13 (土) ニッポンおとぎばなし JRA賞その1

何事かを褒賞するための基準というものが破壊され続けてきたのが明治維新、
敗戦、バブル敗戦と続いてきた日本の歴史である。褒賞するだけの目利きがい
ない。なにしろ目を利かせるための基準がない。いや本当はあるのだけれど、
どの基準がホンモノか、を判断できる公的機関がない。結局前例に頼る。批判
されれば安易な多数決を採用する。根本的な問題は何も解決しない。
個々の出来事に対する評価の違いを議論するならよい。もとより信じられない
無知と怠慢が基本にあるのではシステムそのものの来歴を問わざるをえない。
ただそれを問うことは目前の利益とはなにもつながらない。ところが目前の利
益はそれをきちんと問うてきた者たちにはなぜそれが現状のごとくなっている
かが理解できる。問うてこなかったものには理解のしようがない。だから大も
うけのときはわれを失って浪費する。利益が減ってくるとわれを失って悲嘆に
くれる、リストラでよけいに破滅への道をひた走る。

ま、一般論ですけどね。

2001/03/04 (日) イチロー

三割、とか首位打者、とか今の段階で書き立てて
一体何。

そういうマスコミが日本からトップアスリートたちをどんどん
流出させてるって、わかっててやってる。

目の前の利益が大事、それはぼくだって干上がっては
生きていけないけれど。

すべてが破産してしまったら、はじまらないのに。

結局、そういうスポーツ新聞と同じ体質が日本すべてに
染み込んでいる。
その結果が森政権であり、この株価。
株は森首相が下落させているのではない。

何者かたちが意識的に効率的にやっていることなのに。

気が付いていても、書かない、言わない。

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2002年2月 9日 (土)

再掲その2


2001/01/05 (金) しつこいとお思いでしょうが(^^;)

日本の景気がよくなる、なんざ何を根拠におっしゃいますやら。
景気は回復しますよ、それは売国奴のせりふにしか聞こえません。
日本はいまや海外資産を投売りし、日本国内の不良債権=不動産などやら何や
らの資産を投売りし、企業そのものの内実をも社債やらなにやらの形で投売り
し。で、資金だけ作って投資といって結果的にはそれも海外に吸い取られ。
円は下がりまくり株は上がらず。
いやたとえば株が上がったとしても、おいしいところは世界の金満家たちに奪
われて。

いいように刈り取られる季節、のんきなのはそれでいいのだ、と思っている人
々ばかり。やはり、それは売国奴であるなと思っても、
売国の契約は100年も前に成立していたのかもしれないし。

厄年にあたってせいぜい40年生きて気が付いたこと。自分が感じてる嫌な予感
は大概当たっている、気をかけるべし。自分が感じているもしかしたらこれは
ラッキーなことが起きるかも、というような予感は、大概が買いかぶり、ある
いはひどい状況から逃げたいための自己保全の精神的操作。気をかけるべし。
簡単にいえば人から嫌われているなと思ったら確かに嫌われているのだし、も
しかしたらあの子気があるのかな、と思ったら大概は大きな誤解である、とい
うことだ。

2001/03/12 (月) 売国奴諸君。

どんな理由があれ、
政治家にして現政治状況を許す諸君は世界のあらゆる
マスコミに対し、日本はまともに政治を行えない国である
判断できない国である
夢のように幻想の世界で生きている国である、と表明している、
そういうことになる。

どんなに優秀でも、「頭では」わかっていても、
いま、現実的な力によってこの
情勢に問題提起していけないのだとしたら、それは政治家ではない。
そして、現状への分析が正しければ正しいほど、行動を起こさないがゆえに
そうした人物は売国奴である、ということだ。
もしかしたら意識的な売国奴であるかもしれない。
それなら語るに落ちる。
ただし無意識であれ罪は同じだ。

この状況に怒りを表明して、
新しい何か一言を言い新しい何か行動をとる人がどうしていない。

やっぱ、いないか(^^;)。
それにしてもNHK BS2でやってた「ハリーとトント」は傑作でした。

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2002年2月 8日 (金)

一年前のカンシャク


(月本がしばらくアクセスできないので、その間去年の今ごろの日記を適当にピックアップして再掲します。)

2001/02/21 (水) 田中康夫の脱ダム宣言

脱ダム、ということは脱土建屋利権、ということを超えて
革命的。治水のことなどもちろん考えぬいた上でのことだろう。

そこら中のコンクリートをはがす工事で、ゼネコンはソフトランディング
するってことでどうだい。

だいたい、河川を力づくでねじふせる近代的河川工法に限界がきてることは
もう全世界で見えている事実ではないか。
田中氏が言っていることはまさに、まっとう。

2001/02/23 (金) 狂牛病

しかし狂牛病、もはや手遅れって感じもある。
日本ではまだ騒がない。
いろいろな人々が怠慢なせいで情報が入ってこないのか。

水の問題。深刻になってくる。田中康夫知事の判断の正しさを
きちんと語る人々がもっと澎湃とあらわれないといけないなあ。

滅びの道。
うつろな言葉が、オンエア中。

2001/02/28 (水) 食料品クライシス

はぼくの今年のテーマのひとつなのだが、
イギリスにおける口蹄疫のアウトブレイクで、一気に
事態が悪化している。

イギリスに取材にいくべきだなあ。
狂牛病と口蹄疫、その他の汚染について。
そして遺伝子操作やクローンニングについて。

やっぱりイギリスに謎がある。
21世紀はアメリカはもちろんだけど、
ヨーロッパを見ないと。

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2002年2月 7日 (木)

ナイロビの一夜


おおよそ滅びようとしている日本の国について、とおおよそ袋小路に入っている人間という動物について、そしてやはりおおよそ滅びようとしている合衆国というシステム、ゾンビのように生き返ろうとしている1900年前後の世界の体制について、ナイロビのホテルのバーで話をする。
ニューヨークやら東京やらパリやらなんやらからきた人々が勝手なことをしゃべる。象や鯨や類人猿のこともしゃべる。植物の研究にきている若い日本人のうわさなどする。

およそ滅びようとしているものが何で、いま生き生きと伸びようとしているものが何なのか。おぼろげにわかったようなつもりになりながら大声でいろいろと話す。

あくまでもジェントルなケニア人のウェイターが困ったような顔で数杯目のワインを持ってくる。

時間は普通に動いている。
いろいろと話しても、飲みすぎても、私の頭は決して溢れないし、曇ってもこない。世界はこれからどうなるのだろう。
いずれにしても、私たちはそれに立ち会っている。

立ち会えること自体はとても幸福なことだと、わたしは思っている。

滅びるものたちは滅びるがいい。わたしも滅びるかもしれない。それは仕方ない。
問題は次の生だ。生きることだ。どうやって生きるか、だ。

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着物を着る話。


着物を着たいという話をしたことは、この間も書いたかな。
それほどに着物をわれわれは着ない。

着物で世界中どこいにでもいく、Sさんの話を聞いた。

着物を着れない私たちだが、着物を着ることからはじめてもいいかもしれない。
着物と洋服をともに着ていけばいいのかもしれない。

今日から人類の祖先かもしれない化石がたくさん出ているところへ行く。
着物は残念ながら持ってきていない。

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2002年2月 6日 (水)

サル、明治維新、アフガニスタン


誰も着たい服を着ているわけではない。
どんな社会でもわれわれは実はお仕着せを身につけている、のかもしれない。

人間だけがなぜか服を着る。

明治維新、戦争直後の某国。伝統を否定する言葉の爆弾。
いつでも戦勝者の側の報道は一方的になる。負かした敵のやることは1から100まですべて邪悪、だったりする。

服の着方も。

本来人は着たいものを身に付けて、食べたいものを食べていた、と仮定する。
遺伝子などに組み込まれた情報に従って。

その情報が狂わされた、のかもしれない。
そして狂いには楽しみが含まれている。
娯楽とは狂うことだ。
学問も狂うことだ。

狂いと美、狂いと明晰。

私たちは狂っているのか?

脳の奥にこびりついているコンセプト。
日本人という概念。
追いかけるにはすでに時遅い。
もって帰って検証するのは時間がなさ過ぎる。

そして着ている、不恰好なスーツ。
わたしたちにはそれを着ない、という選択もあった。
でも遠く過去に父祖はその道を断念した。
それは苦難の判断だった。それを人は恥というかもしれない。
それを人は恨みというかもしれない。
先人はとにかく、その感情を記憶した。遺伝子の奥底に。決して消えない何者かとして。

私たちにできることはでは、といってわれわれの民族衣装であるものを再び身にまとうことか?

和服を着る。
手ぬぐいを使う。
ぞうりを履く。
ふんどしを締める。
和装文化といってもその多くが実はつい最近(この数百年)作られたわかりやすい風俗に過ぎないという事実がある。

できるなら息をしたい、
江戸っ子のように。
日本人のように。

それも、気がつけばしていたかのように、気楽に。

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2002年2月 5日 (火)

お姫様と私、リアルとファンタジー


飛行機のなかで、日本ではプリティ・プリンセスとかいうタイトルで公開されてる映画をやってたのでなんとなく見た。ご落胤の話である。15歳のサンフランシスコの女の子が実は欧州某国の女王の孫。現代のファンタジー、御伽噺、いやいや、ひとつのリアルかもしれない。

なんて思っちゃうのもオランダの皇太子の結婚式と像が被るからか。

権力というのは金とセックスなわけで、つまりそれは閨閥なわけで。
亡国の危機に瀕しているアルゼンチンと、皇太子妃の一族との関係を考えてみよう。なぜアルゼンチンの富豪の娘はNYCで金融関係の仕事をし、その後オランダの皇太子と結婚するのか?それはファンタジーでもなんでもない、現実のことである。いやいや、この言い方はおそらく間違いだ。ファンタジーとはそうしたものだ。ハリー・ポッターも指輪物語も、どろどろの人間社会の現実を伝えている。ブッシュの演説など、できることなら子供だましの夢物語の悪魔の親玉の台詞として笑い飛ばしてしまいたいのだが、実は悪魔の親玉というのがリアルなのだ。そしてやつらは自分よりはるかに劣った彼らにとって邪悪な敵をみなごろしすることを躊躇しない。日本でベトナムでイラクでユーゴスラヴィアでアフガニスタンでやったように、再度イラクでイランで北朝鮮でそしてまた日本でやることも、時と場合によっては躊躇しないだろう。

ナイロビにいる。アフリカの人はフリーメーソンを悪魔信仰だと恐れるという話を聞く。それを無知と笑えばすんでしまうリアルとは、違うリアルがここにはある。

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2002年2月 4日 (月)

華僑が移動するとき


旧正月前で華僑が大移動している。
全日空シンガポール行きは華僑の人々でいっぱいだ。
英語はあまりしゃべれない人もいる。
アメリカなどから集まって、成田からシンガポール、そこで人に会ったり買い物したりして、それからベトナムやら香港やらいろいろなところへ飛ぶのだろう。

日本人はその動きにはたいがい疎い。
ニューヨークのダヴォス会議には敏感だが、旧正月には鈍感だ。

ぼくたちは移動する人々のメンタリティを知らなさ過ぎる。
世界はそもそも移動しているのだが。
ロバは旅をしても馬にはなれないが、旅をしないロバとはモノの見方は確かに変わる。その迫力とマナーのなさは隣に座っている客にはつらすぎるが、
やはりパワーに負ける局面はあるかもしれないのだ。

(シンガポールの空港から。さてナイロビでは書けるかな?)

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2002年2月 3日 (日)

今日から出張。


今日から出張で二週間ほどケニアに行ってきます。
ここの更新はたぶん結構できないと思うけれど、うまくいったらちょっとずつはします。

まあ無理かな。

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2002年2月 2日 (土)

国が崩壊するとき


街に恐ろしく活気がない。昨日は金曜だというのに道ががらがらだった。タクシーの運転手のぼやきにも洒落や冗談の気配がなくなってきた。じわじわと恐ろしいことが進行中で、もろに被害をかぶって自殺に走る人々、ひっそりと息を殺して様子を見ている人、草臥れきって動けない人、そうでなければやけになって欲望と快楽に走っている人、犯罪に走っている人、といった具合だろうか。
出版業界はあまり不況が長すぎて光明の気配もないが、去年以上に今年は厳しい。マックライフが潰れたが、連載していた漫画家の福山庸冶氏が日記で触れている。
http://www.yojira.com/
日刊低温日記の「マックライフ死す」というところ。

続きを読む "国が崩壊するとき"

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2002年2月 1日 (金)

外務省の骨の髄まで変えることができるか?


川口順子氏が外務大臣に決まった。
東大教養学部卒通産省の官僚からサントリーの重役、そして環境庁長官から初代の環境大臣。
京都議定書問題などで手腕を見せた、元駐米日本大使館公使でもある。
英語も堪能、日本語もしっかりしている。平時の外務大臣としては問題なく適任だろう。
京都議定書問題での粘り腰を見れば、期待していいのかもしれない。
ただ私の要求はただ一つ。外務省の体質を完全に変えること。
しかしこれについては口出しできない、という立場での外相就任という気が福田官房長官の口元を見ているとどうしてもしてしまう。

小泉内閣にはほとんど何の期待もしていない。しかし亀井氏や鈴木宗男氏の方向に政権が動いたらより酷い国家崩壊の姿が見えてしまう。
そのへんは勝谷氏が書いている。
http://www.diary.ne.jp/user/31174/

本当の改革が必要とされている。革命でも維新でもいい、呼び方は何でもいい。
変わらないこと、がどれだけ日本をだめにしているか。

唐突だが私は今年は教育現場の取材などもしてみようと思う。想像を幾数倍する地獄がそこにはある。

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