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2002年2月19日 (火)

ぼくたちの生きているこの世界


今日は元テニスプレーヤーの方に会いに行った。
さわやかな笑顔に強い意志。いい感じである。
彼女は世界をツアーして、日本のダメさをさまざま感じたらしいことは、そのインタビューや取材記事で読んでいた。世界のなかでいま日本がどのへんにいるのか。それは世界を旅していればよくわかる。

そうだ、世界のことを知るのに、海外旅行をすることはもしかしたらできないのかもしれない。ロバは旅をしても馬にはなれない。でも日本のことを知るには、海外に出てみることは非常に有効だ。

そしてその上で、もう一度世界を眺めてみるのだ。

ブッシュの国会での演説をどう聞いたのか。
元テニスプレイヤーの彼女がそういうことに興味があるのかどうかは、今日の打ち合わせのテーマではなかったのでわからないが、感想を知りたいものだ。

彼女はその明らかな肉体的意志をもって生きてきた。存在してきた。
当たり前のことのようだがそのことを実感できない人間がどれだけ存在しているか、この日本に。想像してみる。

世界とはぼくたちがいまこうして生きている世界のことであり、日本と世界という対立項で考えていたらわからない。
この世界は自分たちの世界だ。
ぼくたちはあいまいな亡霊などではなく、肉体を持った存在で、そのぼくたちがこの世界を形作っているのだ。

忘れてはいけない、だまされてはいけない。

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