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2002年5月 7日 (火)

姿勢がいかに大事かを考える


人の発言する内容は、最終的には思想ということにもなると思う。生きる背骨のようなもので重要だ。そして発言する際には人はある姿勢をとって声を出す。大きい声ばかりがとおる社会、などというが人の作る社会というのは多かれ少なかれそういうもので、だから声はたとえ大きくなくともきっちりと出さないと人には届かない。きっちり出すにはやはり姿勢が大事である。日本語を喋るには姿勢から、とは「声に出して読みたい日本語」の斎藤先生がつとに言っていることだが、やはり人間はそのあたりから出来上がっている。姿勢が大事である。姿勢は着るものやシチュエーションにより規定される。気が付かないうちに、自分の楽な、素直に声の出る姿勢を放棄しているとする。すると、思想も心も表に出すことができない。そういう人間は鬱屈して体調も悪くなる。

テレビというメディアは、人に不自然な姿勢を強要する。別段、楽にしていればいいようなものだが、テレビというメディアが現在持っている文法や礼儀に、出演者や製作者を縛り付けられている。テレビは人の発声を不自然にする。姿勢を不穏当にする。テレビ的にかっこいい、と思われている姿勢や発声が、この世を支配してしまう。

ラジオにちょこっと出たりしてわかった。ラジオなら楽に声を出す姿勢が取れる。それもあって、ラジオの方がみんな生き生きと喋るのだ。言葉に力があり意味があるのだ。ラジオ出身のタレントの方が、テレビでも声がとおる。聞き取れる言葉を使うことができる。そこには姿勢の問題もあるのだ。

発言する側ばかりではない。聞く側にも、聞く耳持つ姿勢というものがある。これもまた心構えだけの問題ではない。人の話を聞くときに、人は自然とそういう姿勢をとるはずだ。それは、襟を正してとか、膝を正して、とかいったことではない。むしろ首筋あたり楽にしていたほうが耳も聞こえる。ラジオを聴きテレビを見るときに人はどんな姿勢をとっているだろう。テレビに出て人と話すときはどうか。ラジオに出るときはどうか。人と人とはどうやって向き合い、どうコトバに耳を傾け、コトバを発しているのか。

演説を日本人はできない、という。その昔は雄弁な人も多かった。そこにも姿勢の問題がある。発言するほうと聞くほう。両方に問題がある。

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