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2002年9月21日 (土)

戦前が終わっていない部分


もはや戦後は終わって新しい戦前になっているというのに、やはり日本では前の戦争が終わってなかったということもやっぱりあったわけだ。あれだけいろいろなことが、1945年以降にあったというのに、あまりにも誤魔化しつづけてきた部分が今、時限爆弾として爆発しようとしている。民主だ平和だと叫ぶ勢力が、その裏に隠してきたもの。時が動き出さないように、古い箍が外れないように、慎重に微妙に卑怯に陰謀的におこなってきたこと。それが育てたどす黒い世界は、ときどき今までにも噴出してきていたが、ついにその大爆発が起ころうとしているのだろう。時は1975年ごろに大きく動いた。そしてその十年後ぐらいにまた。1989年にある時代が終わり、90年代にはオウムがあった。今年は爆発する年だった。

戦前が終わっていない部分の構造。銀行が崩壊し旧財閥の解体が最終的に進んでいる現在、旧い部分の核があらわになろうとしている。意外や旧い部分の核が形作られたのは割合最近であることもわかろうとしている。それは、旧い部分の体制というものが割合最近何らかのてこ入れによって再び固まったからであろう。旧い部分は現在世界を支配している勢力に、当然支配されている。自分でそう思っているかどうかは別である。

ぼくたちは夢を見つづけている。悪夢だったり淫夢だったアシッドな夢だったりする。ぼくたちはあまりにもひ弱で、世間知らずだ。旧い部分の崩壊は歓迎すべきことだが、それもプログラム済みの出来事だろう。あれよあれよという間に、またもや自分たちで作り出さなければならないはずの新しい日本が、誰かのプログラムの元にできあがってしまう。そして鬱陶しい、あるいは残酷な結末が待っている、のかもしれない。

せめてものこと、自分たちのことは自分たちで考えたいじゃないか。USAはそれを許さない、スゴい戦略を発表したが。

Brave New World.

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