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2002年11月

2002年11月30日 (土)

資本主義は面白い


いややっぱりなんだかんだいうて資本主義は面白いのである。株なんて要するにギャンブルだし。私のように単純な博打好きには、このシステムはまさに血湧き肉踊る世界。金儲け大好きだしねえ。まあ馬券は当たらないけどさ。
でmasaさんが任天堂株推奨といっていた件で大はずれとおっしゃっているが。
http://www6.plala.or.jp/masak12/
(「政治日記」11月30日の条)

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2002年11月29日 (金)

ケニアが常に負わされてきたもの


ケニアという国について、何を知っているだろうか?ぼくは何も知らない。

旧英領東アフリカの一部、60年代から70年代にかけてはかなり成功していた観光立国。モイ大統領の独裁に近い現体制、それでもほかのアフリカ諸国と比べればかなりましな状況。でもソマリアなど周辺諸国の内戦から武器をもった難民や民兵が流入し、テロリストたちが跋扈する状況になってしまった今日この頃。思い出されるのは1998年にナイロビのアメリカ大使館をアルカイダ関係と思われるテロリストが爆弾を満載させた車で襲い入り口付近で爆発した事件。今回とそっくりだ。死んだのは隣接するビルのケニア人が多かった。アメリカ大使館はほとんど要塞状態だったらしい。東アフリカにおける外交と軍事の砦だったと聞く。ナイロビでもっとも由緒正しいノーフォークホテルが爆破されたこともある。1980年の大晦日のことで、ノーフォークも今回のモンバサのパラダイスと同様ユダヤ系のホテルということでやられたのだ。直接的には、1976年のウガンダ・エンテベ空港でのPFLPハイジャック犯奇襲作戦を行ったイスラエル軍への補給をケニア政府が行ったことへの抗議というものだった。エンテベの奇襲作戦はこの手のものとしては大成功で、映画にもなっている。イスラエル軍の唯一の死者は首相だったベンヤミン・ネタニャエフの兄だった。ベンヤミンもこの奇襲作戦に参加していた。ウガンダ政府は例のアミンが元首で、親アラブだったから、この奇襲作戦は本当にスゴイものだった。ケニアの協力なしにはありえなかった。

ケニアに行くと、インド人、イギリス人、ユダヤ人、アラブ人が商売を取り仕切っている。最近は韓国人もけっこういる。キクユ、マサイ、トゥルカナ、ルイヤ、ルオ、カンバ、その他52はあるという民族のケニアの人々は、それぞれの誇りと文化を守れる人々は守り、都市化スラム化する人はし、英語キリスト教文化圏に入る人は入る。

そしてテロが起きる。観光は3年間は壊滅的な悪影響を受ける。外国からの暴力と資本はまたまたどんどん入ってくる。政府は弱体化を続け、治安は悪化する。一概に体制のせいとたとえば日本の記者は書く。

本当か?

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2002年11月28日 (木)

ケニアでテロ


モンバサでテロだ。イスラエル人を狙った?イスラエル人が経営しイスラエル人がよく利用するホテルでの爆弾事件、そしてイスラエル機へのミサイル発射(回避)。アルカイダではないか、などとBBCなどでは大騒ぎである。十人ほども亡くなったかもしれない、という。モンバサは人気の海浜リゾートだ。バリとオーバーラップする。ケニアはイスラム教の国ではない。もちろんイスラム教徒もいるが。ケニアでは前にアメリカ大使館での襲撃事件と爆発事件があった。ナイロビのグランド・ゼロは公園になっている。馬鹿げたテロは反省されるどころか、頻発を続けている。ケニアになにをするのか。バリになにをするのか。ああそして、このことはもちろんわれわれにも深く関係がある出来事だ。日本ももちろんテロとは無縁ではいられないだろう。いやむしろオウムのテロはこの世界に蔓延するテロリズムの前兆だったかもしれない。日本にとってテロの恐怖は、これからが本番なのかもしれない。

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2002年11月27日 (水)

着実なる資本主義


さてエニクスとスクエアが合併すると発表したわけだけれど、眠い新聞を読んでいてもなんかこうぴんとこない。誰かシャープに解説してないかなと思ったらmasaさんがしていた(^^;)。さすが地政学と国際政治学の若者。
masaさん
http://www6.plala.or.jp/masak12/
そこの「政治日記」11月27日の条。

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2002年11月26日 (火)

中村勘九郎


平成中村座の法界坊見てきました。
またまた感動。とにかく中村勘九郎丈という人の凄さよ。
まったくなんでもないところを見ていて泣けてくる。うまいへたではない。もうそういうことを超えて歌舞伎というものの本質がそこにある。勝新太郎さんに見せたかった。いや勝さんなら生きていたらあの舞台の上にいたと思う。いや、実はずっと舞台の上にいらっしゃるのかもしれない。

日本の未来がどうなるかなんてわからないけれど、歌舞伎はまだまだ生きつづけると思われる。いまこそ歌舞伎を見に行くべきだ。歌舞伎座で12月には、三島由紀夫の椿説弓張月が蘇る。

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2002年11月25日 (月)

キリスト教とイスラム教


いやあとユダヤ教ってのもあるんだけどさ。
いろいろな教義について別に云々する気はないのだけれどやっぱり大きな問題点は利子だよね。ほんらいどっちの宗教も利子は否定しているのに、キリスト教は何時の間にか複利推奨宗教になってしまい資本主義を支えている。それに対するイスラム教の「緑の資本主義」っていうのが中沢新一が書いていたことなわけだよなあ。キリスト教対イスラム教に一見みえるけれどそうじゃない今回の対テロ戦争、でもじつはそこに利子主義対アンチ利子主義という対立はあったりするのかもしれない。まあとにかく、前から書いているけれどサウジアラビアとアメリカの関係はいろいろあらーな。
神浦さん
http://www.kamiura.com/new.html

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2002年11月24日 (日)

自分のサイズの範囲内でやっとこう


ほんとうなら素晴らしいことがおきそれを目撃しているのに自虐的にならざるをえないのは自分の精進が足りないからであり、こういうときこそ誤魔化さずにしっかりと反省するべきなんだよな、と思ってはいる。それでもなかなか反省しきれないのは残念な限りである。失敗について、しっかりと評価し反省し対策について熟慮しておかないというのは人として情けない限りのやり方である。

人生の成功失敗は途中で評価するものではないがやはりある区切り区切りでは反省していかないとまずいと思う。小室某氏の結婚式の中継など嘲うべきものだが、彼のごとき転変にあふれた人生は都度都度に評価がかわっていく。なれど本人は同じ人間、であるのかないのか。細胞そのものは、完全に別の人間にある程度時間がたてば変わってしまうのだ。

たいがいの古典的な警句は人生におけるきわめてありがたい救いのテクニックを教えてくれるものだ。いずれにせよ大事なことは急がないことだ。慌てる乞食はもらいがすくない。とはいえあまりのんびりしすぎているのも問題ではあろうけれど。ぼくはもともとのろまでタイミングの悪い人間なのである。そのことを何とかリカバーしようと頑張ってきたつもりだが、いやもういいや。のろまでタイミングが悪いままで、世の中をわたっていきながらそれなりであることを選んでいくしかないのだ。そこから努力をはじめるべきなのだ。そしてそれは、人とのつながりを大事にしていくことに必然的につながっていく。ずっと忘れていたことをぼくは思い出さなくてはいけないのだろう。

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2002年11月23日 (土)

幸せな土曜日


この世界は切実で暴虐的な何ものかになる、というようなことをブッシュ氏は毎日世界のどこかで演説している。
ぼくは当たらない競馬の予想をしながら、世界のさまざまな文化の違いについて、自分なりに理解したつもりの間違いだらけのかたちでもって人々に吹きまくっている。

ぼくの哀れな視点のなか、世界はどうにも変わらない。

天才騎手が天才的騎乗で勝つ。感動もするがそこにある日本の問題が露呈される。
気がつくのでぼくはすぐに尻馬に乗りたいが乗れない。
ダメな奴である。

実は世界はどんどん変わっていく。どうにも変わらないのはぼく自身だけだ。

それでもこの国の土曜日を、とりあえず幸せが包む。

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2002年11月22日 (金)

煽る人々


煽りといえば2ちゃんねるだが(^^;)、いや北アジアの住民は煽る人々だ。北朝鮮の問題についてもそれぞれの立場から煽りが出まくっている。そして煽る人々はそのほとんどが、誰かの手先であるということには気がついておいたほうがいい。煽らずに冷静に、あくまでもきっちりとした分析を貫いていくこと。もちろん人間には情念がある。冷静さだけではものごとは進んでいかない。でも、だからこそ、煽りにひっかからないことが大切だ。泣きながら冷静にある意図を貫いている人々がいる。彼等は彼等で必死であり真摯であり、決して馬鹿にされるような存在ではない。問題は、ぼくという個人が本当に何を考え、何を信じ、何をやっているかを自分自身で把握しているかどうかだ。誰かの手先であることに気がつかずに興奮する、というのが実は人間という愚かな生き物の本質であるのかもしれない。それなりにいろいろと考えているつもりでも、ぼくなどのバイアスのかかりまくった意見はおそらくは何者かの手先的な役割を担ってしまうのかもしれない。
でも常に意識的でいたい。自分の立脚点は何なのか。

カナダの駐日大使館で意識を失い高円宮殿下が薨去された。サッカーを愛された殿下、ヨーヨー・マ氏と交遊のあられた殿下はぼくなどのようなものにとっても、ほんとうに身近に感じられる存在だった。ジャパン・ファウンデーションに所用で行ったとき、あるいは全く偶然に某所でお見かけしたとき、見事に自然体で、ご自由で、とくに警護の方の存在も感じさせずに飄々とお歩きになっていた。心の底から、惜しい方が亡くなられた、私のようなものだが謹んで哀悼の気持を表明させていただきたいと思う。

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2002年11月21日 (木)

人間を機能としてしかとらえない


もうそういう類の科学はおそらくマトモな科学者や思想家からすればとっくに破綻しているのだけれど、やはりでも1度天下を取った考え方、経済の基盤となってしまった思想はバケモノとなる。
人間は、自然は、いろいろあっていびつなものだ。そのいびつさを異常とみなしたり外科手術的に矯正すべきものとする考え方が、いまのところ資本主義という奴のかなたに見えている。実際そういうことをする。整形手術ロボトミー、副島隆彦さんが言われている「デモクラタイゼーション」という戦後日本に施された手法。人間を生き物として捉えられない、いやわざと捉えないものの考え方。
宗教?哲学?いずれにせよ考えなくてはならない。脳機能主義者の言っていることは検証される前に社会で機能させられはじめている。ほんとうか? ほんとうにそれが真実か? それを問いただす前にアメリカ起源の科学主義は跋扈する猛威を振るう。この点を見ているだけで、アメリカに盲目的に従う日本の具体的な姿が見える。
でも日本にはたとえば養老孟司先生がいらっしゃる。智慧は世界を満たしている。思っているほど世の中はバカにはなっていない。

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2002年11月20日 (水)

北朝鮮との経済問題のほんの一端


宮崎学氏、石井議員暗殺事件については陰謀ではない説を唱えて不審だったがバーターなのか(^^;)北朝鮮についてはさすがに根源的である。
http://www.zorro-me.com/2002-11/021120.html

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2002年11月19日 (火)

脅迫の世界経済の世界


何月何日にテロがある。
世界中にテロが起こる可能性がある。
ビン・ラディンのメッセージがこれこれの内容でもたらされた。彼は生きている。
アメリカに国家保安省ができる。アメリカの空港に国家公務員が配置される。新しいセキュリティ機器が設置される。
北朝鮮が大量破壊兵器を開発しつつある、すでに保有している。ミサイルを作るには電力が足りないが、そこはそれ、日本軍がその昔開発した風船爆弾がある。そういえば世界中のテロリストにも、地下鉄毒ガステロというヒントを与えた日本人。脅迫が次々に世にもたらされ、怯えが蔓延し、後先考えずにカネを使う。

アメリカについていえば、対テロの根っこにあるのは経済問題だ。アメリカがやっている対テロ対策とそれにつながっている戦争は、安全保障産業の雇用の創出、軍事産業への投資の創出そのものだ。アメリカの経済問題の切実さを日本人はよく知らない。

もちろん、日本についても安全保障は経済問題だ。日本の経済問題の奥底にある北朝鮮韓国問題を頭に叩き込んでから、この世の動きをみないといけない。世の問題のほとんどは、経済の問題だ。

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2002年11月18日 (月)

スローでいこう


NHKのクローズアップ現代でスローな公共事業、というのをやってましたね。
住民が自ら工事をして業者に頼む三分の一のコストで道を作ったり、観光事業の農業実体験設備やシステムを住民のアイデア、住民による実施で勧める、あるいは高齢者が発案や工事に参画して進める公共事業。
みんなが嬉々としてやっている。時間がいくらかかってもいい、自分たちの住んでいる環境を少しずつでもいいものにしていきたい。こんなことができるのか、こんな人生があるのか、楽しくて仕方がない。

日本はいい国だなあと思う。人材が揃っていて、前向きで。少しずつ、風通しがよくなってくれば、こういう智慧が働いて、面白いことが実行される。ダメな部分はたうさんあった、金儲けシステムのために身をすり減らしてダメになっていくエリート、目先に囚われて展望を失っていく自治体。でも、どん底に見えるところから、しっかりと這い上がっていく基本的な体力がある、知力がある。田中康夫知事のやっていることも、長野県民に地力があるから、意味がある。為政によって、さまざまダメにされつつある、日本をコントロールしているアメリカその他の勢力によって侮辱され蹂躙されつづける教育、確かに深刻な問題は多い。でも、基本的に日本人には知力がある、節操がある、夢がある。

自分の力でものを考えること。グローバリズムに押し流されず、シヴィリタイゼーションの暴力に負けず。自己満足でなく、他人を利用することでなく、誰かの手先になることでなく。権力でも反権力でも、スローガンには裏がある。負けずに、前を向いて誇りとともに歩きつづけたい。

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2002年11月17日 (日)

日本のプロ野球


松井くん、最後の打席が回ってくるあたりやっぱり只者じゃありません。打てなかったのはまあ時の運。あとはシーズンをちゃんとやってきていて疲れてる、というのがあるでしょう。余力残してないといか。さて日本のプロ野球、今までの形ではもう続行できないのは誰の目にも明らかですが、どうするのでしょうか。前に書いたように、讀賣巨人軍というガンが今のままで存在していたら、プロ野球は滅亡してしまうでしょう。システムを変えなくてはいけません。果たして変わるのでしょうか? プロ野球が変わる、ということは日本という社会自体が変わる、ということですから、これはけっこう大事な問題です。

ぼくは変わる、と思っています。日本のプロ野球選手のレベルは非常に高い。メジャーで誰もがやっていけます。このレベルは一朝一夕に生み出されたものではない。そこには長い歴史があったわけで、それは讀賣やナベツネが預かり知らない血と汗と涙があったわけです。これは、野球を裏切らない。

カネの力は確かに強い。システムは個人の努力を無視して残酷なことをするものだ。でも、実はシステムは個人の努力を超えることなんか、ほんとうはできない。個人なんてちっぽけなものだ、というドグマは、システムが自分を守るために作り出したろくでもない幻想だと思います。松井という個人を作り出した日本の野球の伝統は、決して脆くも弱くもない。弱いのは、讀賣巨人軍翼賛体制というレベルの低いシステムのほうです。

Jリーグを見物するために地方都市に行きます。そこで根付きつつある個人の努力の集大成である、Jのチーム作りと讀賣巨人軍の組織造りの差異。そこのところを実感する。そこに、松井くんのアメリカ行きの決意の秘密があるのではないか。そう思えて仕方がありません。

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2002年11月16日 (土)

セレンディップ


むかしむかしインドに三人の王子がいて、修業の旅に出ました。
なかの一人、セレンディップはなんかこう偶然(・∀・)イイ!ものを見つけてしまう才能があったとか。掘り出し物を偶然見つけてしまう才能をセレンディピティなどというわけです。
ノーベル賞なんかを取ったのを、偶然の力で見つけてしまった、というようなことをよく聞きますな今日この頃。まるで田中さんはごく普通の人なのに偶然の力でノーベル賞ものの発明発見をしてしまったかのような間違った意識があったりします。このセレンディピティは偶然のようで偶然でない、どうしてそういう才能が発揮されるのかわからないようでいてちゃんと考えれば理由がわかるところが面白かったりするわけですが。

人に出会う才能、運のよさ。説明するのが面倒くさいこうした傾向にも、実はちゃんと理由がある。もちろん逆に運の悪さやタイミングの悪さにもそういうものはある。人間って、不思議で面白いもんだなと思います。一筋縄ではいきません。

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2002年11月15日 (金)

きなくささ百倍のニッポン


ストーカー野田敬生氏のメルマガより。11月13日と15日発行のものを全文読んでくださいな。ヤセール氏は東京在住のパキスタン人。
http://talk.to/noda/
----引用

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2002年11月14日 (木)

気分はもう(とっくに?)戦争


昨夜遅く某陰謀系掲示板を見るとイラクの核査察受け入れ、ビンラディンの肉声は本物、北朝鮮がBC兵器所持まで認めていた、そして米軍が突然14日に隠岐諸島沖の日本海で水中爆破訓練を行う、などという流れが投稿されている。
イラクについては、核査察を受け入れること自体が戦略というか戦術というかであり、ビンラディンについてはアフガニスタン攻撃は失敗だったってことであり、北朝鮮については、いよいよ本格的にやろうかなってのが日程に上ってきたということであろうなあと思われる。陰謀系掲示板の某氏も当然そのヨミである。
今朝になって神浦氏
http://www.idaten.to/bbs/bbshtm.htm

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米軍の陽動ってやつですか


asahi.comから。
http://www.asahi.com/national/update/1114/013.html
----引用

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2002年11月13日 (水)

商品としての情報


テレビというメディアでの情報は演出された娯楽である。ニュースだってそうだ。
もうずいぶん前から、バラエティとストレートニュースの垣根がなくなってきている。
小林信彦さんの「テレビの黄金時代」はあらゆる日本人必読だと思うが、テレビはまさに敗戦後の属領日本というリージョンを作った魔物なのだなあと感じる。テレビ番組を作る側にいる人間として考えるこむことの多い毎日である。
電波少年のカッパ騒動、ことがカッパなのだから洒落ですむだろうという発想。いや、それはもちろん、そうなのだけれど、テレビというメディアそれをとりまく活字メディアなどについてテクニック的にどうやれば面白くなり騒ぎになり商品になるか、ということをとことんまで追求してしまった人たちがそれをやると洒落ですまない部分を生み出してしまう、そのことについてあまりにも鈍感ではないか。エヴァンゲリオンの庵野秀明氏が、テレビというメディアは究極のサーヴィス過剰、でもヒットアニメを作るためにはサーヴィスサーヴィス、に邁進しなくてはいけない、というようなことをエヴァのブレイク当時に言っていたのをこのごろよく思い出す。もちろん情報は情報産業、マスメディアにとって商品である。そしてそれは扱い方のツボをほんの皮膜一枚誤っただけで大変なできごとをこの世の中にもたらす。忘れちゃいけない、くわばらくわばら。

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2002年11月12日 (火)

昭和30年代ブームなんて言ってますが


武田徹さんが日記的掲示板で、懐かしさについての岡本太郎氏の言を引用されています。ぼくが最近個人的なことでいろいろ考えていることにシンクロしててツボに嵌ったので孫引きさせていただきます。
武田さんのホームページ
http://member.nifty.ne.jp/t-takeda/
掲示板
http://162.teacup.com/sinopy/bbs

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2002年11月11日 (月)

アメリカ、二正面作戦?


さて昨日の石原氏テレビ発言その他いろいろなニュースを見るに一気に二正面作戦が現実的になってきましたね。下手をするとイラクより北朝鮮が先かもしれませんね。そうかあこういう段取りでそうなるのかあ、とまるで阿呆のように大口開けて見ている感じの自分自身が情けないです。少なくとも、北朝鮮にしてもイラクにしても、アメリカが二正面作戦を取らざるを得ないようにするのが自分たちにとって得策、などと間抜けなことを考えそうな国ではあるし。
日経新聞
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt58/20021111c3ki02o111.html
----引用

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2002年11月10日 (日)

石原慎太郎氏の”ミッション”発動


を感じたねえサンプロ。
北朝鮮と戦争してもいい、というところよりは、やっぱり総連パチンコ疑惑、重油疑惑、コメ疑惑での自民党社民等日本の政治家たちの悪行についてテレビでしれっと言ったこと、が重要でしょう。
陰謀系論客や掲示板の役割が変質してくる予感(^^;)。
アメリカの意志を激しく感じるこの数週間。
一方で副島氏たちの動き。
アンチグローバル陣営は孤独ながら頑張るしかない。
電波系でない、ちゃんとした陰謀系(なんかヘンだな(^^;))への評価が変質してくる予感。

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2002年11月 9日 (土)

おいおい松嶋菜々子の宣伝効果って本当か?


大阪に出張中で、毎日放送かな?の番組を午前中ホテルで原稿書きながら見ていた。アンアンの女が好きな女の一位が松嶋菜々子で、彼女のコマーシャル効果はすごいという話。某生命保険の契約が彼女のCM登場から100何万件(うろ覚え)増えたといい、これは数十秒(うろ覚え)に一件の割合だと言う。
そんなバカな!と目をむき驚くトミーズ雅たち。いったいこの数字はどこから出てきたのだろう?某保険会社?電通?
この時代である。そして保険会社である。銀行より危ない保険会社である。
そして宣伝効果である。電通である。広告会社である。
眉に唾をつけなければいけない話だ。
というか雅たちは唾をつけていた。なかなか面白かった。

眉唾データばかりでできあがってきた日本である。
検証を怠ってきたマスコミの罪は深いと改めて思う。反省。

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2002年11月 8日 (金)

勘九郎丈の実現力


いやー面白かったあ平成中村座。大阪の扇町公園に作った芝居小屋で、「夏祭浪花鑑」を見てきました。コクーン歌舞伎でもやった演目で、同じ演出も多かったけれどやはりよりブラッシュアップされていたし、あとはこのかたちの小屋じゃなくちゃできないラストが素晴らしかった。もう切符が手に入りにくいとは思いますが可能性がある人はぜひ見てください。これは感動します。しかし本当に勘九郎さんがご自身の夢を一つ一つ実現させていく実行力と実現力には感動します。時代を動かしながら、時代の動きをきちんと見ながら、一つ一つ、苦労しながら仕事を重ねていく。そしてきちんと実現させていく。
いろいろなことがぼくたちの行く手を阻んでいるけれど、じっくりと、そしてしっかりとしたビジョンをもって進んでいくこと。ごまかさずに、実現させていくこと。
しかしよかった、勘九郎丈の走る姿!

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2002年11月 7日 (木)

ブッシュ王朝


なんだかなあ、この中間選挙の結果を見ていると、アイルランドのカソリックケネディ家が築きそこねた(というか僭称しようとした、ってことか)合衆国という名の王国の王位をブッシュ家が手に入れたって感じがしちまうよ。とくに小ブッシュの弟の顔とか見てるとさ。ブッシュ家は代々続く共和党エスタブリッシュメントだしなあ。その眼でアメリカを見ておかないと、おかしなことになる。選挙で選ばれたから「世襲」とは違う、なんてことは、あの選挙の異様さを考えたら、言えないと思う。合衆国は、完全に変質したんだ。911がきっかけじゃない。もっともっとずっと前に、その種は蒔かれて、大統領選挙で決定付けられたってことなんだろうな。まあ前から何度も書いてるけどさ。自分はアメリカ文化に染まりまくって育ってるし、親戚が市民権持ってて、弟が住んでる国だから、気がついたときには気が動転したけれど。まったくこの不気味さはなんともいえない。つるかめつるかめ。

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2002年11月 6日 (水)

ADSLモデムが壊れちまったよ(^^;)


というわけで、仕事がとってもはかどらず、関係各位に多大な迷惑をかけて申し訳ございません。というか、ADSLベースで仕事をしているとめちゃくちゃ効率がよかったことにいまさらながら驚き、警戒する。電子技術に頼りすぎちゃなんねえよ。昨日も書いたけど、やっぱり手わざだよ手わざ。ぼくは手先が思い切り不器用だったりするのだが、それでも手わざを磨かなくちゃね、愚直に。楽器もダメ、書道もダメ、箸の使い方も最近ようやく少しまともになった、というもう究極の不器用だけれど不器用ながら使うことがどれほど大事か。ADSLのスピード頼りでインターネット検索しまくりの仕事の方法には大反省。ネットを駆使することには今後も変わりはないけれど、手わざの部分をもっともっと活用していこうと、改めて誓ったりするのでした。しかしダメージ大きいな(^^;)。

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2002年11月 5日 (火)

編物


ニットというのは面白い。やはり手で作るものは、面白い。
第一人者に打ち合わせでお会いした。面白い人だった。編物は世界語でもある。スコットランドで、カナダで、フィンランドで、ポルトガルで、オーストラリアで、台湾で、日本で、編物は編まれている。手で何かをすること、はとてもリアルなことだ。毛糸の産地、作られ方、手触りを知り、選び、それを編んでいく。一家に一人、編む人がいると、その家には灯がともる。そういう気がする。
ものを作るということは、面白く、そして人を生かしてくれることだ、と思う。何も作らず消費するだけ、という人生は、きっととても寒々しい、だけではなくて体に悪い、とぼくは思う。このごろはやりの「ゲーム脳」という言葉は何か簡単すぎて嫌いだ。歩いたり、手わざを取得することの大事さを強調する、というほうがいいのではないか?と思ったりする。斎藤孝さんの日本語のお話と、スローフードと、編物には、通じるものがある。そういう気がする。

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2002年11月 4日 (月)

インターネットジャーナリズム


ジャーナリズムっていうとなんかそれなりのもんだと思うけど、ジャーナルってのは日記のことじゃんといえばネット日記はジャーナリズムそのものかね。ぼくのはろくでもないし毎日書いてない(^^;)状態だけど、いろいろ参考になる日記ならない日記あってとても面白い。それから2ちゃんねるのように便利で危険なものもある。便利で危険、ってのは物凄く魅力的ってことだよな。さてウド鈴木氏が歌舞伎町で喧嘩をしてやや話題。写真を撮られて怒ったという。そのことを歌舞伎町で働く女性が2ちゃんねるに実況的投稿をした。これからはどんどんそうなるだろうな。デジカメ、携帯、ライブにネットに送れるグッズがどんどん手軽に手に入る。芸能人の喧嘩やセックススキャンダルにとどまらず、政治軍事がこの手でネットに流れたら、どうなるか?
恐ろしい時代、というか、違う時代が訪れる、ということになるのだろうか。

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2002年11月 3日 (日)

軍事バランス


神浦さんの最新情報、11月2日付け。
http://www.kamiura.com/new.html
----引用

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2002年11月 2日 (土)

書物というもの


出版業は小さい小さい産業である。山本夏彦さんは虚業であるといった。資産がない。机と電話さえあればできる。悪知恵が働けば成り立つ。詐欺のようなものだ。それを忘れてはいけない。だが、書物というものは価値あるものだ。詐欺でも価値がある。人というのは決して高潔でもなければ美しくもないものだ。やってきたことは嘘と揉め事に満ち溢れている。それでも、ときにはいいこともする。面白いこともする。そこに文化というなにものかがある。書物というものがあってそれは残される。テレビの時代になりインターネットの時代になっても、書物というものには価値がある。あったはずだ。価値のあるそれを作ってきたのは自分がやっている虚業が詐欺に近いものだと知っている人々だったとぼくは思っている。坂本一亀さんのような、畏怖を覚えるような大編集者は2度の倒産を経験した。何かを思い知る人が、あのような物凄い仕事をするのである。いま、大出版社や新聞社は何かを忘れている。いや、何かを忘れたことによって罰のようなものを受けていることを自覚している。
神保町の古本市にいった。今年は版元も一緒になってブックフェスティヴァルのごときものを催している。行きつけのタイ料理屋がトムヤムラーメンを売っている。この感覚はいい。書物を好きな人たちがぞろぞろとやってきている。手に取れるもの、プロセスがわかるものとしての書物。野菜のように作る書物。

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2002年11月 1日 (金)

讀賣巨人軍翼賛的体制


日本は讀賣巨人軍翼賛体制化の国である。
もう、ほとんどその体制は壊れようとしているのだが。
ジャイアンツ思想を伝播させようと、某オーナーはマスコミ総動員で日々頑張っている。サラリーマンたちは昔はよくこの体制に飼い慣らされていたのだが、どうも違うのではないか?と十年位前から気がつき始めた。そしてアメリカには大リーグというものがあることに今更ながら気がついた。スポーツにはサッカーというものもあるいということにも気がついた。翼賛体制が成立するのは、治下の人々がものを知らないということが前提になる。ジャイアンツ礼賛の放送ばかり見ていたら洗脳されてしまって当然だ。ぼく自身昔はそうだったからよくわかる。智慧を持った日本人たちは、この体制のダメさに気がつき始めた。そして、亡命する変わりにどんどん自分たちの頭で考え出した。ありがたいことに、政治体制はいわゆる自由主義だからね。
讀賣巨人軍の一員たちのなかにも、ちゃんと物を考え、行動する好漢はもちろんいる。それは、四番打者であった。この男を脱落させてしまうと、この体制は崩壊の危機に陥る。組織は必死に動いたが、松井には勇気があった。男気もあり恩も知る彼は、自分がやるべきこと、やりたいことをやるのに断腸の思いをする必要があった。裏切り者と罵られることを覚悟しなくてはならなかった。
松井はもちろん裏切り者などではない。野球というものを裏切っているのは讀賣巨人軍翼賛体制のほうである。人間を裏切っているのは讀賣巨人軍翼賛体制のほうである。松井が行ってしまうと日本のプロ野球が潰れる、という人がいる。違う。日本の讀賣巨人軍翼賛体制が潰れるだけである。むしろ、プロ野球は再生する。
松井秀喜はまさに英雄である。頑張って欲しいなあと思う。それからとりあえずはヤンキースに行っても、どこか他に移ってほしいなあと思うなあ。スタインブレナーはナベツネほどじゃないけど、嫌な奴だからねえ。

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