陽謀の時代
少し前、ある陰謀説系掲示板でわたしの尊敬する陰謀説系の大物の方がもはやバレバレで陰謀なんてなく、陽謀ばかりになってしまったとおっしゃっていたが、確かにその傾向を感じるなあ。911、そして北朝鮮の拉致問題がはじけて以来、世の中は変わった。朝日新聞が数日前に陰謀論がなぜ流行るか、プラス陰謀論もすべて否定はできない、みたいな記事を載せていたが、あの記事自体(おそらく)態と逆逆に書いているところがあったり実に陽謀的なものだった。もはやこういう時代になると、裏読みができるなんてのはあたりまえで、自分はしろうとの知らない情報をもったプロだと思い込んでいる書き手たちがもったいぶって「真実」を披瀝したらなーんだそんなことみんなとっくに知ってたよ、ということになる。いや、今までもネットの世界ではそうだったんだけどさ、もはや地上波テレビの情報番組だってそういうことになりつつある。
福田和也氏が週刊新潮のコラムで「ボウリングフォーコロンバイン」について書いていた。この映画、実にいろいろな人に強い影響を与えている。「チョムスキー911」もそうだが、少し前なら陰謀系などとも言われていただろう。
陽謀の時代を生き抜く、ということはつまりより深いところに流れる情報と本気で戦わないとやっていけない時代ということだ。つまらないようで、実は胆力のいる恐ろしい時代なのである。剥き出しの陰謀。うーむ考えただけで(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
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