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2003年1月18日 (土)

みんなで生きているということ


ぼくは社会性や協調性に欠けているし酒飲みだしときどき考え事や悩み事に熱中したり嫌になったりすると露骨に不機嫌になって周囲の空気を悪くするし意地悪だし、とても人間はみんなで生きているんだなんてことはおこがましくて言えないんだけどね。でもやっぱり強く感じるんだよなあ。いさかうように喧嘩するように仕組むのが面白いってのもまたわかるしそういうことが生み出す利益を独占する権力欲ってのもわかるんだけどね。実際にはあらゆる意味で人間の関係や社会なんてものは歪んでいて歪んでいて皹だらけだったりするわけだけどさ。でもだからこそみんなで生きようなんてことを意識しておかないとまずいかな、と思ったりする。
引きこもりやホームレスやなんやかんやのコミュニケーション不全の人々もまた「みんな」のなかにふくまれている。

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