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2005年11月24日 (木)

「国策」という言葉が身近になってしまった時代

午前中は原稿、一本はなんとかできたが二本目が間に合わず。トドプレス第二編集室へ行きたまっていた郵便物やメールを処理しながら原稿の続き。某単行本の作業も。夕方さらしなの里へ行きかしわ南蛮。少し早めの時間だがどこかの会社の団体が飛び込みで入っていて大騒ぎ。まだ遅番の店員の方が来ていないので大変だ。でもそうした事情は勘案しないのが日本の酔っ払ったサラリーマンの団体。完全に居酒屋扱いの注文の仕方。かっこわるい。
編集部に戻り作業ののち文平銀座へ。久しぶりに文平さんと打ち合わせ、シャープで的確ですばやい仕事ぶり。見習わないとなあ。帰宅して原稿の続き。
忙しくてまだ読み終わらないのだが「「ジャパニメーション」はなぜ敗れるのか」大塚英志・大澤信亮 は一読の価値あり、というかこういうゴリゴリしたやつが一冊ないと、ジャンルに批評というやつが成立しないよな。「国策」についてじっくりと考えてみようか。

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