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2008年2月18日 (月)

ありがとうございました

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ツキモトユタカは平成二十年一月九日に永眠しました。47歳でした。

前日の夕刻に脳幹出血で突然倒れ、そのまま意識を取り戻すことなく逝きました。最期につらい思いや苦しい思いを一切せずにすみました。

このブログはこのままの形で残していきます。

また、ツキモトユタカの以前のブログやHPへのリンクを下に貼っておきますので、よろしかったらご覧下さい。

いままでありがとうございました。月本清美

ツキモトユタカ ノ マイニチ(以前のもの)

ツキモトユタカの癇癪日記

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コメント

清美さん、お久しぶりです。ご夫妻の結婚式以来でしょうか。
失礼ながら、ご主人の訃報も知らなかったもので、先日は
松田先生の墓前で今度月本さんに会いに行くのですなどと
言っておりました。申し訳ありません。
早すぎるご逝去はご家族にとっては納得もいかず、とても
辛いことと思いますが、どうぞお身体にはお気をつけ下さい。
それにしても世界は惜しい人材を失いました。

投稿 坂本 | 2008年2月19日 (火) 08時52分

坂本さん、ご無沙汰しております。
去年、坂本さんがこのブログにコメントを下さったといって月本は喜んでいました。月本が亡くなったときには、坂本さんをはじめ、松田ゼミの方々になんとかお知らせしようと連絡先を探したのですが、どうしても見つからず、ご連絡できませんでした。申し訳ありません。
あまりにも突然のことで、本人も驚いたのではないかと思います。この世でやり残したことは多々あったことと思いますが、今頃は、あちらの世界が面白くなって、いろいろ取材して回ったり、勉強したりしているのではないかと思います。いつも好奇心のかたまりでしたから。

投稿 月本清美 | 2008年2月20日 (水) 01時14分

清美さん。月本さんにとって清美さんと出会えたことは最高の幸せでしたでしょう。来週は四十九日ですね(仏教なら)。清美さんとも月本さんとも4年あまりお会いしておりませんでした。いまになって悔やみます。こんど東京に戻った時にお墓参りに伺います。この4年の間の出来事を聞かせてください。

投稿 富柏村 | 2008年2月20日 (水) 13時28分

このたびはお悔やみ申し上げます。私より少しだけ先輩の方なのに、早すぎます。残念ながら直接お会いしたことがないのですが、熱烈な東京ファンであった月本さんの遺志を、私の心に置きながら、二人分の大きな声援で共に戦ってよろしいでしょうか。
勝手ながらそうさせていただきたいです。

投稿 青赤バイカー | 2008年2月20日 (水) 23時20分

>富柏村様
お久しぶりです。葬儀の際は、弔電を送っていただき、ありがとうございました。もう四年もお会いしていなかったんですね。
昨年秋、富柏村さんからの情報を頼りに夫と水戸へ日帰り旅行したことは、本当に楽しい思い出です。ありがとうございました。
東京に戻られる際には、ぜひご連絡下さい。

>青赤バイカー 様
夫は亡くなる直前までFC東京の心配ばかりしていました。棺には青赤の帽子とタオルマフラーを入れました。
城福監督の新しいFC東京、見たかったと思います。どうか夫の分まで応援し続けて下さい。

投稿 月本清美 | 2008年2月21日 (木) 00時45分

お悔やみ申し上げます。
最近書き込みが無いと思っていましたがまさかと思いました・・。
月本さんの記事気に入っていたので残念です。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿 新薬開発者 | 2008年2月24日 (日) 08時52分

>新薬開発者  様
ありがとうございます。
今日は夫の四十九日です。夫の書いたものに、読者の方が「何か」を感じてくださっていたとしたら、夫も生きた甲斐があったというものです。

投稿 月本清美 | 2008年2月26日 (火) 21時23分

色々勉強させてください。

今後も宜しくお願いします。

投稿 常盤貴子が好き | 2008年2月28日 (木) 21時10分

お亡くなりになられていたということで、大変残念です。
心よりお悔やみ申し上げます。
これからも時々このページを拝見させていただきたいと思います。

投稿 skyhighx009 | 2008年2月28日 (木) 23時29分

新聞で訃報を拝見し、本当に驚きました。
ずいぶん前、「キャッチ」の頃、まだ、いまのようなインターネットがなかった頃ですが、会員制のNiftyで、月本さんに、ずいぶんいろいろなことを教えていただきました。
PC上だけの交流で、お目にかかったことは終になかったけれど、その後の御活躍は存じていました。
なつかしいです。
わたしよりも若い月本さんがあっけなく逝ってしまわれることに、なんとも言いようがありません。

わたしの友人で、やはり脳幹の出血で倒れ、そのまま3年半も意識が戻らない人がおります。なぜ、と問うてみても答えはないのですが、それでも、なぜわれわれは残されているのかと、よく考えます。
そして、今日を生きようと思うことにします。
御自愛ください。

投稿 澤七生 | 2008年3月 3日 (月) 15時41分

ちょくちょくサッカーネタ読ましていただいてました、久しぶりに覗いたら・・・お悔やみ申し上げます。

投稿 hisba | 2008年3月27日 (木) 03時12分

tibetでの動乱で、様々なことを考えております。
チベットが好きだった月本さん。
天国から、是非、月本さんの意見をお聞きしたい。

投稿 junquo | 2008年3月30日 (日) 22時39分

このたびはとても残念です。中学1年から高校3年まで彼は一番の親友でした。休講といえば喫茶店に行き、授業をサボっては喫茶店に行き、放課後は隣の大学の学生会館で時間をつぶして、愛情ラーメンを食べて、話題と言えば女子校のガールフレンドの話、レーニンの『プロレタリア革命と背教者カウツキー』のどの注釈が一番笑えたかとか、まあそんなとりとめもないおしゃべりが延々と続くのでした。すばらしいお連れ合い様や友人に囲まれて彼はとても幸福だったろうと思います。心からご冥福をお祈りします。

投稿 武蔵同期 | 2008年6月23日 (月) 13時07分

>武蔵同期さま
夫は武蔵時代のことをよく話してくれました。授業をさぼって喫茶店へ行ったこと、愛情ラーメンのことなど何度も聞きました。お名前を伺えば、きっと存じ上げていると思います。


夫のブログに私があまり顔を出すのもなあ、と思い四十九日をくぎりにコメント欄への書き込みを控えておりますが、皆様のコメントはとても嬉しく拝読しております。これからも時々このブログを覗いて夫のことを思い出して下さると幸いです。

投稿 月本清美 | 2008年6月25日 (水) 22時44分

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